<第192回国会 2016年11月18日 環太平洋パートナーシップ協定等に関する特別委員会>


◇TPPは生きている協定/大規模農家に打撃/参考人質疑

○環太平洋パートナーシップ協定の締結について承認を求めるの件(第百九十回国会内閣提出、第百九十二回国会衆議院送付)
○環太平洋パートナーシップ協定の締結に伴う関係法律の整備に関する法律案(第百九十回国会内閣提出、第百九十二回国会衆議院送付)

☆参考人
  岐阜大学応用生物科学部教授 荒幡克己君
  明治大学農学部准教授 作山巧君
  九州大学准教授 磯田宏君

○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。
 今日は、三人の参考人の方、本当にありがとうございます。
 それで、私からまず最初に、磯田先生にお聞きをしたいと思います。
 TPPというのは生きた協定というふうに言われていて、それで、なぜ生きた協定と言うのかということなんかもめぐって、実は、私も先日、TPP協定の中ではTPP委員会というのがつくられると、それで、いろんな作業部会とかたくさんつくられて進めていくわけだけれども、国会との関わりについても、必ずしも、どういう場面で国会がそこに関与できるかということもよく分からない部分もあるということもあり、このバスは乗ってしまったらどこに連れていかれるか分からないじゃないかというふうに言いましたら、総理が、私が運転席に座っているから大丈夫だという話もされたんですが。
 非常に重大な中身が含まれていると思っていて、先ほど磯田先生のお話の中で、たくさんのことが話をされたんですけれども、農業の市場開放でいっても、協定、関税率表だけで済まない危険性の問題もありましたし、それから、その次のところで、食の安全のところでも、規格、基準、表示の問題など、追加的な協議のメカニズムということがあると。それで、先ほどもちょっと議論になりましたけれども、SPS、今までWTOにもあったんだけれども、予防原則が排除しているということも全く今までと違うということなんですけれども、一つには、この予防原則が外されるということは、具体的にはどういうふうな危険性があるかということをお聞きしたいのと、なぜこれ排除したんだというふうに思われるかということをまずお聞きしたいと思います。

○参考人(磯田宏君) 釈迦に説法になろうかとは思いますが、予防原則という考え方あるいは原理は、科学的にほぼ完全に危険性が証明されていないけれども相当程度にリスクが潜んでいる可能性が否定できないと、こういう言わばグレーゾーンと言えるような部分について、更に科学的な分析等が進んで、後にやはり相当程度の高いリスクがあるということが分かった段階まで放置しておくと取り返しが付かないと。したがって、あらかじめ予防的にそれは止めておいて、後でそれが白だということになれば、そこで安心して皆さんが消費すればいいわけですし、いや、やっぱり黒だったということであれば、予防していてよかったなと、こういう考え方であります。
 他方、アメリカなどに代表されるのは、冒頭に申し上げましたように、基本的にはその時点で科学的に十二分に徹底的に危険性があるということが証明されない限りは規制すべきでないという、こういう考え方がありまして、これが現在のWTOの協定を結ぶ際には、アメリカ側と当時のEC側とでぶつかり合って、その一種の妥協として、WTOのSPS協定ではそれが条件付ながら入れられたと、こういうふうに認識しております。
 今回それが外されたということの意味するところは、先ほど成長ホルモン入り牛肉の例を出しましたが、あの例が一番分かりやすいと思っているわけですけれども、少なくともEU側の食品の安全性のリスクを分析評価する委員会では、これは相当に禁止すべき高さのリスクがあると、こういう結論を得ているわけですのでそれを禁止していると。その足掛かりになっているのが、WTOのSPS協定では条件付ながらそれを認めていると。その結果、両者の紛争の最終的な決着は、EU側がホルモンフリーの牛肉については無関税でアメリカ、オーストラリアから受け入れる、そういう枠を作ってそれをどんどん増やしていくと、こういうところで折り合いを付けているわけですね。
 したがって、それが、その文言が一切ないという今回のTPPについては、そういうグレーゾーンを予防的に止めておくという手段をこれから取ろうとしても、それは禁じられているということを意味しているというふうに考えております。

○紙智子君 もう一つお聞きしたいのは、四番目のところでお話をされたアメリカの通商促進権限のTPA法、これアメリカで可決をされているわけですけれども、この問題をめぐって、やっぱり安倍総理は再交渉を、新しい例えば大統領から再交渉を迫られてもそれは拒否するんだというふうに言われているんですけれども、このアメリカの法律に基づきますとそういうことが通用するのかどうかというのを考えざるを得ないということなんですが、それについてはどのようにお考えでしょうか。

○参考人(磯田宏君) 確かにこの特別委員会でも安倍総理大臣が再交渉には応じないということを繰り返し、しかも極めて強い口調でおっしゃられて、私も是非そうあってほしいというふうに願っておるところでございます。確かに、アメリカ側も協定の本文や譲許表そのものを書き換えるという意味での言わばオフィシャルな再交渉というのは、幾ら何でもそう簡単にはできないというふうに考えております。
 私がここでより具体性があるなというふうに心配しておりますのは、例を挙げますならば、例えばSBSの国別枠ということで、アメリカについては最終的に七万トンですか、その追加枠をやったと。これは確かに、契約が成り立たなければ入ってこないという意味では義務でないのは確かですが、アメリカは当然これを最大限達成するということを追求しているわけで、そのために、アメリカ、豪州それぞれとの間で国際約束を構成する文書を交わして、国際価格を反映した政府買入れ予定価格を設定しろとか、円滑な運用というのはつまり全量落札消化という、アメリカ側からすれば当然そういう解釈になりますけれども、そのために、最低マークアップ水準を妥当な考慮を払えとか、三か年のうち二か年消化できなかったらマークアップを一五%下げろと、こういうことがあっているわけでございまして、例えば、国際価格を反映した政府買入れ予定価格を設定していますか、あるいは円滑な運用のために最低マークアップ水準に妥当な考慮をしていますか、そのためのはっきりしたアメリカに目に見える手段を取っていますかと、こういうことを例えばこの大統領の確認過程で迫られてきたときにどうするのかと。
 これは、明文上の再交渉要求ではないかもしれませんが、内容的には義務でないはずのものが限りなく義務に近づいていくということになりかねないと、そういうような例が例えばですけれども挙げられるのかというふうに考えております。

○紙智子君 もう一つお聞きしたいんですけれども、ISDSの問題についてはこの委員会でも議論になっているところですけれども、この仲裁廷の問題点ですね、先ほど先生が紹介になられたんですが、濫訴防止ということを取っているので、濫訴防止の対策を入れているのでこれについては心配ないということも言われていますし、日本がアメリカから訴えられることはないのだということも、やり取りの答弁の中で政府の側からは出されているんですけれども、この点についてはどうお考えでしょうか。

○参考人(磯田宏君) 私も、訴えられることがないという希望的観測についてはそのとおりで、同意でございます。ただ、そのとおりになるというふうな保証は何らないというふうに考えております。
 若干補足しますと、その濫訴の防止ということもあるんですけれども、それ以前に、例えば内国民待遇とか待遇に関する最低基準、ここには公正衡平待遇という概念が含まれているんですが、例えば、こういうことの義務に違反した措置を日本国なら日本国政府が外国投資家に対してとった場合に、ISDSに訴訟を起こされ敗訴される可能性が極めて高まるわけですが、じゃ、その内国民待遇、具体的には、同様の状況において自国投資家よりも不利でない待遇を外国投資家に与えなければいけないという、例えばこの同様の状況とは何かということは協定文を幾ら読んでも分からない、あるいは待遇に関する最低基準、これも分からないし、とりわけ公正衡平待遇という概念は協定文を幾ら読んでも分からない。
 そうすると、じゃ、それは誰がどういう解釈を下すのかというのは、結局仲裁廷に事実上、まあ俗な言葉を使わせていただければ丸投げされていると。しかも、判例主義がないということもございますので、そういう意味でいうと、ここにも、その協定だけでは全貌がつかめない、一種の追加的に市場開放、非関税措置の開放を次々と迫られていくメカニズムが内包されていると、こういうふうに考えているわけでございます。

○紙智子君 ありがとうございました。
 では、次に作山先生にお聞きしたいと思います。先ほど、国会決議との関係で、これが国会決議を守ったとは言えないんじゃないかというお話もあり、実は、私もそこのところは何度もこの質問の中でもやり取りをしてきていて、やはり除外又は再協議というふうに書かれて、それができないときには撤退も辞さないというのが国会決議なわけですけれども、先生は最初から除外ということが含まれていないという話をされていたと思うんですね。
 それで、初めからやはり全てのものをテーブルにのせなければいけないということがあって、それをもし拒否して除外ということを言ったとしたら交渉にはそもそも入れなかったという話をされたことがあるんですけれども、ということは、そのことが分かりながら、なぜその国会決議で入れたのかということ、これについてはどのようにお考えでしょうか。

○参考人(作山巧君) 今の御質問ですけれども、まず、先ほど申し上げましたように、私は農水省兼内閣官房在職中にTPP参加国との協議に参加したわけですけれども、その結果は公表されています。特に、二〇一二年一月から二月にかけて当時の九か国を全部回りまして、私はそのうち六か国行きましたけれども、除外は認められないというふうに明確に言っている国が幾つもありました。それは、民主党政権下ですけれども、公表された資料にちゃんと書いてあります。ということですね。それはかなり非常に強い意見だったと思います。大勢がそうだというような発言もあったと思います。
 次に、国会決議の方ですけれども、さすがにそこ、国会で決議されたものなので、私ごときがそれを解釈するのは大変僣越な話で、正直よく承知しているわけではないんですけれども、私が思いますに、TPPの二〇一三年四月の国会決議というのは、基本的にはやっぱり二〇〇六年十二月の日本とオーストラリアのEPAの国会決議をベースに作られたものですね。途中でいろいろ議論があって豚肉が加わったりとかしているわけですけれども、やはり私の解釈ですけれども、TPPの交渉参加時には大変大きな懸念もあったわけですので、恐らく、特に農業生産者を中心でしょうけれども、除外が認められるのであれば、今までの日本のEPAと同じようなことで交渉できるのであればそれはやむを得ないかという意見が恐らくあり、そういう決議ができたのではないかというふうに思っています。
 ただ、決議ができたのは二〇一三年四月で、実際に日本が参加したのは二〇一三年の七月ですから、そのときの条件がどうだったかというのは、私は残念ながら二〇一三年三月三十一日に農水省を退職しておりますので、そこについては残念ながらコメントできる材料はございません。

○紙智子君 ちょっと悪考えをすると、分かっていたのに除外又は再協議ということを決議して、決議を守るという話がずっと続いていたわけで、だからそれが、交渉の結果は例外を確保したと、したがって皆さんとの約束を守れたというのは、これはもう私ははっきり国民に対して違うと、裏切りとも言えるというふうに言わざるを得ないんですけれども、そういう国会決議をめぐる問題をめぐっては、やっぱり私は、これは最終的には国会で結論をということでもあると思うんですけれども、しっかりとそこを踏まえてやらなきゃいけないというように思っているところです。
 もう一つは、荒幡参考人にお聞きいたします。
 それで、私ずっとあちこち回って歩きます。それで、北海道出身なんですけれども、やはり現地を回って歩きますと、TPPは非常に恐ろしいという話が出され、特に北海道の場合は規模拡大ということがずっと強調され、どんどんやっぱり集約されてといいますか、小さな規模の農家がなくなっていって大規模化してくる、専業化していると。しかしながら、TPPになった場合には、これ外国との競争になっていくとなると、価格を下げていくという競争にもなり、そうすると、一番大きなダメージを受けるのは、実は小規模とか中規模じゃなくて、大規模なところが大ダメージを受けるんだという話をよく聞かされるんです。
 私は、やっぱりこれまで日本が歩んできた道としていえば、多様な農業とか多面的な機能とか、そういうことで随分重視されてきたと思うんですけれども、TPPというのはそれとは一致しないんじゃないのかと、相反するんじゃないかと思うんですけれども、荒幡参考人のお考えを聞きたいと思います。

○参考人(荒幡克己君) 今のお話ですね、私も実は、このTPPの影響がどういうふうに出るかという話が出たときに、ある人は中山間だと言うんですけれども、それ以上に、十勝の平野とか、やはりそういうところが一番打撃を受けるんじゃないかとすぐに思いました。そのとおりの懸念が現在あるということも承知しております。そうした中で、私の印象としては、最低限の、何といいますか、当面の大打撃を回避して時間をある程度稼いで、その間にしかるべき対策を打っていくという期間は持てたかなと思っておるわけなんですが。
 そこで、今のお尋ね、多様な農業ということですけれども、これは、日本の中でどういう農業というよりも農村政策を選択していくかという問題ではないかと思いますので、TPPに入るからそれが成立しないという話ではないんじゃないかなと思っております。
 いずれにしましても、議員のお話にありました、大規模が打撃を受ける、専業が打撃を受ける、これはもうもっともだと思いますので、やはり日本の農政自体を、少しそこにもう焦点を当てていくということは是非やってほしいなと思っております。
 以上でございます。

○紙智子君 残り三分なので一人一分になりますけれども、今、アメリカの大統領選挙の結果、やっぱりTPP反対の国民的な世論が背景にあるということや、アメリカだけではなくてEUとアメリカの協定でもそうですし、そういう多国籍企業の利益のために農業が壊されるとか、食の安全、環境、雇用が脅かされるという懸念が広がってきていると。ISDSに対する批判もあるということで、そういう世界の動き、流れについてどうお考えかということを一言ずつ最後にお聞きして、終わりたいと思います。

○委員長(林芳正君) 残りが限られておりますので、簡潔にお願いいたします。

○参考人(荒幡克己君) 確かにそういう懸念はございますが、私はむしろ、だからこそ自由貿易の方向で、日本経済の繁栄を確保していくためにTPPなりなんなりの自由貿易の方向に持っていくべきであると思っております。

○参考人(作山巧君) 簡潔に申し上げますと、ヨーロッパについてはそういう貿易に懸念を持つという声は非常に強いと思いますね。たまたま私、去年五月にドイツで講演を頼まれたんですけれども、TPPについて日本の状況の話をしたら、ドイツの人は、ドイツも日本と全く同じだというふうに言っていました。ただし、アメリカについて言うと、トランプさんの考えは正直よく分かりませんけれども、ああいうTPPの多国間の協定はお嫌いかもしれませんけれども、二国間の協定で国益を最大限アメリカが良ければいいという形で打ち出してくる可能性は排除できないと思いますので、日米FTAが求められるとか、そういう可能性はあると思います。

○参考人(磯田宏君) まず、自由貿易ということなんですが、それを輸出入ということで考えるならば、いろいろ議論のある政府の出された試算でも、TPPのGDPに対する寄与率ということでは、輸出〇・六%に対して輸入マイナス〇・六一%ですから、物の貿易でGDPが上がるという試算は政府ですらされていないわけですね。それが一点。
 それから、今起きている、世界中で、イギリスのEU離脱あり、トランプ候補の勝利あり、あるいは韓国での今の大統領に対する猛烈な辞任要求あり、それらは、その根底には、現れ方にはいろいろ違いはあっても、行き過ぎた自由貿易至上主義あるいは新自由主義、行き過ぎたグローバリゼーションが累積させた矛盾に対する、それが、格差や貧困化であったり、農業の衰退であったり、地域社会経済の弱まりであったり、こういうものに対する危惧、懸念、こういうものが噴出してきていると。
 日本にはその兆候もあるわけですけれども、しかし日本政府は、WTOのドーハ・ラウンドの開始に当たって、行き過ぎた貿易至上主義の是正、多様な農業の共存という、そういう意味では先駆的な理念を高く掲げておられたわけですから、その先駆的な高い理念を今後も是非堅持していただきたいというふうに思っております。

○紙智子君 ありがとうございました。