<第161回国会 2004年11月10日 憲法調査会 第3号>


平成十六年十一月十日(水曜日)
   午後零時四十分開会

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本日の会議に付した案件
○参考人の出席要求に関する件
○日本国憲法に関する調査(憲法前文と第九条(国際平和活動、国際協力等を含む))
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○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。
 九条について意見を述べたいと思います。
 私、今年の九月に沖縄での米軍ヘリ墜落事故の現場に調査に参りました。宜野湾市に行って、本当に死の恐怖を味わったという県民の声や、戦後六十年になろうとしているのにいまだに基地が置かれているこの実態に触れて、県民にとってまだ戦後は終わっていないということを感じましたし、それから沖縄のこの負担を軽減するというようなことで、駐留している海兵隊の訓練の移転をめぐっての、まあ名前が見え隠れしている問題で、関係の自治体を訪問し、話をしたわけですけれども、非常に不安な気持ちを抱いていると。
 どんな戦力も保持しないという憲法九条の内容に照らしてみても、やはり現実とこの憲法との間に大きな乖離があるということを思います。憲法が現実に合わなくなっているんだから憲法の方を変えていけばいいんだという意見もあるわけですけれども、その焦点は九条だと思うわけですが、しかし、この憲法九条から懸け離れた現実を作り出してきたということの方が私は問題だというふうに思います。
 アメリカから押し付けられてきたものじゃないかという意見や、あるいは時代の変化に追い付いていないという意見も聞くわけですけれども、私はそうは思いません。
 先ほどもどういう経緯の中でこの憲法九条をつくられてきたのかという話もありましたけれども、やはり憲法九条の持つ現代的な意義についてやはりきちっととらえていくということが大事だというふうに思います。
 一つは、やはり九条が、これまで二回にわたる世界大戦の深刻な反省に立って、戦争のない世界を目指した世界の大きな流れの中で生み出されてきたものだと思います。だから、単に侵略戦争の反省ということにとどまらずに、戦争のない新しい世界を展望する、そういう決意も表明していると。それが、日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄すると、九条の第一項で、国際関係において武力による威嚇又は武力の行使を禁じた国連憲章に条文を取り入れたものなわけです。そして、「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」というこの文章も、国際憲章に盛り込まれた内容だと。これは、個々の国が勝手にやっぱり戦争をやることについて認めないと、平和のルールが守られるような世界秩序を作り上げようとした国連憲章の立場を日本で具体化したものだと思います。当時つくられた各国の憲法にもこの戦争のない世界を目指す流れが生かされたと思います。今日、百九十一の国連加盟国のうちで、多くの国でこの平和を求める立場というのが憲法の中にも明記されていると思います。
 さらに、この中では、第二項を作っているわけですけれども、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」と。ここに世界の平和の流れの中でも先端を行く到達点があるというように思います。これは、かつて日本の天皇制政府が国際紛争を解決する手段としての戦争を禁じた不戦条約を破って自存自衛あるいは大東亜共栄圏と、こういう口実で侵略戦争をやった、そういう経験から、それを踏まえての問題として明記していると。国権の発動としての戦争と武力行使に幾重にも縛りを掛けているというのがこの中身だというふうに思います。
 それからもう一つの、やはり現代的な意義ということでいえば、二十一世紀を迎えて世界の平和秩序を求める流れが大きく広がってきて、正に今がしゅんというふうに言えるような新たな力を九条というのは持っていると思います。
 一九九九年のハーグ世界市民平和会議で、公正な世界秩序のための基本十原則、その第一項で、各国議会は日本国憲法第九条のように政府が戦争することを禁止する決議を採択すべきであるということも言っていますし、二〇〇〇年の国連ミレニアム・フォーラムでは、すべての国が日本国憲法九条に述べられる戦争放棄の原則を自国の憲法において採決するというような提案も取り上げられました。それから、来年の夏には、アナン国連事務総長の呼び掛けで、武力紛争予防のための市民社会の役割を議論する国際NGO会議がニューヨークで開かれるわけですけれども、そこでもこの九条の問題というのも取り上げられるべき問題として準備をされているということでもあります。
 今、アジアでも注目すべき新しい流れもあって、九月に北京で開かれた第三回アジア政党国際会議と、これは三十五か国八十三の政党が参加しているわけですけれども、ここで採択された北京宣言がまさしくこの憲法九条とも重なるような、国連憲章のやっぱり戦争のない世界、テロをなくす、そういう方策などを含めた内容になっているということや、東南アジア友好協力条約という条約ができましたけれども、ここでも紛争の平和的手段による解決、武力の威嚇又は行使の放棄を基本原則として確認をしているんですね。正にこの九条と重なってくる中身だと。
 こういう流れが今アジアの中でも作り出されてきているときに、逆に日本が九条を捨ててしまって、戦争をする国に変わってしまったらどうなるかと。それこそアジアでも国際社会でも日本が孤立することになるのではないかというふうに思います。
 時間ですね。ということで、ちょっと最後一言だけ。
 集団的自衛権の発言がありまして、使えるように明記すべきだというのがありましたけれども、これについてはやっぱり実態、今までの実態として集団的自衛権がどうだったかというと、過去に使われた例で、その名前で使われた例でいうと、主にアメリカのベトナム侵略や、旧ソ連のチェコ侵略やアフガンへの侵攻や、国連総会や国際司法裁判所で国際法違反だとか、そういうふうに問われたものがあるわけで、そういうことを合理化するために持ち出された議論ということもあると思います。
 そういう実態を踏まえるならば、やっぱりこれは明記すべきでないということを申し上げて、終わります。