<第189回国会 2015年6月10日 国際経済・外交に関する調査会>


「TPP秘密交渉は人々の健康、民主主義、知る権利を脅かしかねない」NPO法人アジア太平洋資料センター事務局長 内田聖子氏が指摘

○紙智子君 日本共産党の紙智子でございます。
 今日は、三人の参考人の皆さん、ありがとうございます。
 早速ですけど、最初に内田参考人からお聞きしたいと思うんですけれども、国際NGOのネットワークにも所属をされて、交渉参加国のNGOの皆さんとも情報収集を努力をされてきたと思うんですね。
 それで、私もこのTPPについては、最初はP4協定で四か国が始まった段階というのは、それぞれの小さな国がそれぞれの役に立つようにという話が出発だったと思うんですね。それがやっぱり、アメリカが入りいろいろ参加が広がってくる中で、ちょっと性格が変わってきているというふうに思うんですね。
 やっぱり一番は、秘密の中で、非常にあらゆる分野に大きな影響を与えるにもかかわらず、肝腎なことが国民にも議会にも知らされていないという問題、非常に問題視しているわけですけど、内田参考人は度々この交渉のところに行って、それで各国の交渉官なども意見を交わされてきているというふうに思うんです。私なんかは、一体どういう人たちが来てどんな話になっているのかなというのは知りたいわけだけれども、日本にいる人たちは分からないわけですよね。そういう中で、内田参考人がステークホルダーの会員の参加資格を得て、そこで、資料で名立たる企業というか、いっぱい貴重な資料を出していただいたんですけれども、どのような交渉官なんかも話が交わされていたのかなというのは、ちょっと特徴的なことでいいんですけれども、紹介していただければなというふうに思うのが一つ。
 それからもう一つ、事前にいただいていた参考資料の中で、米国で政府と民間企業の間の回転ドアのような往来が当たり前ということで紹介されていて、これって、私も実は以前びっくりしたんですけど、例えばカーギルの副社長がアメリカの農務省の責任にあって、言ってみればそういう企業のために役に立つようなことをしているんじゃないだろうかと思うような、利害関係なんかが如実に出るような人の行き来というのが政府の中で、例えばクリントン政権で財務長官を務めたロバート・ルービンさんが、いろんな会社の社長さんだったのが入れ替わって来ているだとかということも含めて、そういうやっぱり状況というのを日本の人って余り知らないんじゃないのかなということなので、そのことをもう少し詳しく話を聞かせていただければということが一つです。
 それから、菅原参考人にお聞きしたいのは、先ほど来いろいろお話しになってきているんですけれども、TPPによってやっぱり国民生活が悪影響を受けるんじゃないかという不安が払拭されたとは言えないと。やっぱり国民に十分な説明をしなきゃいけないし、交渉に日本の意見を反映させることによって不安を払拭しなきゃいけないというふうに書きつつも、実態は今それ非常に不十分だということもお話しになっていたんですけれども、私もそのことは非常に、物すごいストレスが今あるというように思うんです。
 それで、先ほど、TPPも含めて守秘義務というのはどこでもあるみたいな話があったんだけれども、そうじゃないんじゃないかなと。
 私は、実はWTO協定の香港の閣僚会議のときに同時に並行で行われていた議員の会議があって、そこに参加することができたんですけれども、そのときというのは、局面局面で、話合いの状況が変わる局面に従って、日本からも外務省からも農水省からも行っていましたけれども、そのたびごとにちゃんと説明を、今こんなふうな話になっているということを教えてくれたんですよね。
 そのときから見たら、今はもう全く、周辺のことは一生懸命言いますよ、周辺のことは言うけど、肝腎の知りたいところについては、確かに数字までは細かくは、そこまで詳しくはそのときは教えてくれなかったと思いますけれども、でも、もっとやっぱり踏み込んで、ちゃんとその情報を局面局面で、今どういう人たちがどういう主張をしているということなんかは教えてくれたんですよ。そういうときから見たら本当に今は格段の違いだなということを思って、この秘密主義は何なんだろうかというように思うわけです。こういうことをやっていたんじゃとても納得できないし。
 それで、TPP参加によって国内市場が開放されればいろんな影響が出るから国内対策は絶対必要だというふうにおっしゃったんだけれども、一般論としてはそれで済むんですけれども、実際に、じゃ、どういう対応策取るのと、それによって本当にフォローできるのかということになったら、とても今の政府の言われている中身では納得できないというのが現場の声なんですよね。だから、フォローするということが本当に可能なのかということもどう思われているのかなということを聞きたい。
 それから、金子参考人にお聞きしたいのは、さきの四月にワシントンで日米首脳会談が開かれました。その共同声明の中で、二国間がやっぱりリードして早期妥結に導くことで一致したというふうに言っていて、それで、TPPについては、地域の経済的繁栄のみならず、安全保障にも資するなど、戦略的意義を持つことを改めて確認したというふうに言っているわけで、私は、安全保障にも資するというこの言葉が今回日米首脳会談で入ったというのは非常に気になるところで、こういったことを含めてちょっと感想なりコメントなりをお聞かせいただければと思います。
 以上です。

○参考人(菅原淳一君) ありがとうございます。
 私に対する御質問は二点というふうに理解しております。
 まず、守秘義務の点でございますが、先ほども申し上げましたが、私が先ほど来申し上げているのは、これまでの日本のEPA交渉等に比べてということでTPP交渉について申し上げているということで、これはもう紙議員であれば御覧になっていると思いますけれども、例えば今、日中韓FTA交渉とか、現在京都で行われているRCEP交渉についてどの程度日本政府が情報を開示しているかというと、大体、会議が行われました、何々審議官が参加しましたというところで終わっていますので、はっきり言って、それらに比べれば相当程度TPPは情報が公開されているというふうに申し上げたということでございます。
 おっしゃるとおり、WTOに関しては、日本政府も含め、もうちょっと大きな、何というんでしょう、透明度が高くなっておりまして、例えばドーハ・ラウンドにおきましても、日本政府はこういう提案をしましたという日本政府提案というのはホームページで読めるようになっていたわけですね。
 そういった意味で、やはりこのTPPについては、結果はもちろん合意したら開示されるわけですけれども、交渉プロセスについてはその後四年間開示されないというふうに言われているわけで、我々はその文書を見たことないわけですけれども、そういったことがあるというのは、これは確かに、これは内田参考人からも金子参考人からも御指摘があったように、今まで見たことないということで、その背景には、これもお話あったと思いますけれども、やはりWTOやその他の交渉の経験から、全てをつまびらかにするとなかなか交渉がまとまらないというところからきているものというふうに私自身も理解しております。
 ですから、これについては、先ほど御質問あったように、様々な形でもっと情報公開、透明性を高めるという努力が必要で、そのイニシアチブというのは国会が取るべきではないかというふうに私は考えているというところでございます。
 国内対策については、フォローできるか、一〇〇%遺漏なくできるかと問われれば、それは多分できないところも出てくるのではないかと思います、これはやはり全体の影響を見た上での判断ということになると思いますので。ただ、これについてはやはりしっかりと国内対策をやっていくということなんだと思います。
 ただ、そのときに、国内対策としてどんなものがあるかというところに関しては、ややひょっとしたら私はほかの二人の参考人や紙議員とは違う考えを持っているのかもしれません。
 例えば、農業分野に関しては、例えば高関税を守るということが農業の保護なんだというお考えなのであれば、私はそれには賛成し難いというところでございます。関税というのは、当然のことながら消費税と同じで、これは最終的には消費者が負担するというものであって、消費者が負担する関税であるにもかかわらず、聖域五品目と言われるようないわゆる基礎的食料品を狙い撃ちする形で高関税を課している、この逆進性というのは消費税に比べても高いという指摘がなされているわけであります。そういった意味で、今の日本の高関税による農業の保護というのは低所得者層の犠牲の上に成り立っているというふうな言い方をされる方もいらっしゃるわけです。
 したがいまして、国内対策としては、関税を引き下げた分はしっかりとした直接支払といったような形で行うべきということでありまして、一つ強調しておきたいのは、TPPに参加すべきだと考えている方の多くは日本の農業が潰れてしまっても構わないなどとは考えていません。日本の農業はしっかり守らなければならないというところは一致しているわけです。ただし、守り方が、高関税の維持なのか、それとも、やはりこれまで二十年それでやってきてうまくいかなかったんだから直接支払の方に転換すべきかというところに違いがあるということで、私が取るべき国内対策と言った意味はそういった改革を伴う国内対策であって、現状を維持するという意味での国内対策ではないということは申し上げておきたいと思います。

○参考人(内田聖子君) 二点ございますので、お答えします。
 まず、交渉の現場なのですけれども、今日資料でお付けしたように、アメリカではTPPを推進する企業連合というのがアメリカが入った時点から組織されていまして、大体四十社ほどが、ラウンドと呼ばれる全体交渉会合がまだやっていた時期にはステークホルダーとして来ていて、私のパワーポイントの資料の、このカラーの方ですけど、六ページ目の上の方に、交渉会合の実態ということで、その場で撮った写真も付けておきましたけれども、こうしたブースの出展みたいな形でそれぞれの企業のプレゼンテーションを各国の交渉官に対してやっているわけですね。それからまた、企業同士のネットワークというのもこういうところで形成されていくということがあります。
 私は、やはり最初にこのような場面を見て驚きました。過去の貿易協定の交渉において、企業もたくさんロビーしには行っていましたけれども、TPPの場合は公式にちゃんとこういうプレゼンをするような場が設定されていて、そこに登録する必要がありますけれども、半ばオフィシャルに商談のようなアピールができるということが実態なんですね。そこにも書きましたが、毎回の交渉会合にはステークホルダーとして大企業がたくさん訪れていますし、私が行ったペルーなどでは、公式な交渉会合とは別に、アメリカを中心としてほかの国の財界の関連団体などが共催する形で各国の交渉官を招いた会議を一日取っていまして、そこで何が言われていたかというと、もう一日も早く交渉を妥結してくれという大変強い口調の声明文が交渉官に直接その場で手渡されるということでした。
 それから、もう一つ言うと、つい先日行われたハワイでの首席交渉官会合ありましたけれども、こうしたところにも、特に知財の問題が焦点化していますので、アメリカの製薬会社などはやはりその現場に行っていて、交渉がずっと何日間かある中で、随時アメリカの交渉官と密に連絡を取り合って情報収集しているというような姿もNGOの仲間から報告を受けています。
 問題は、六ページにも書きましたが、実は全ての分野、全ての国の交渉官が集まるいわゆる全体交渉会合というのは、第十九回交渉、これは日本が入ってすぐの後の交渉ですね、二〇一三年八月のブルネイ、これを最後に一回も開かれていません。えっと思うかもしれませんが、その後開かれているのは各分野の交渉会合であったり、それから首席交渉官会合であったり、二国間であったりということで、同時多発的に様々行われているので、我々NGOが事前に情報を得ようとしても相当難しいです。これは、議員の皆さんも全ての種類の会合を、細かいことを把握されている方はほとんどいないと思います。
 これ何が問題かというと、少なくとも全体交渉会合が開かれていた時期は、一か月から二か月前に場所と日程がきちんと公表されて、ステークホルダーとして登録することが可能だったんですね。ただ、十九回以降開かれていませんので、先ほど申し上げたように、きちんとそれぞれの国のステークホルダーとして登録をして質問をするというような機会もないわけですね。辛うじて行われているのは日本政府が現地で日本の関係者に対して行うブリーフィングぐらいですので、そこは日本政府にしか質問ができませんから、ほかの国の交渉官などに公式に説明することができないわけです。
 それから二点目ですね。回転ドア人事というのは、これは知っている方はもうよく御存じだと思いますが、アメリカの政府の人と財界の人が回転ドアのようにぐるぐると人事交流しているというのは有名で、今のTPPの首席交渉官であるUSTRのフロマンさんも元々は金融の、ウォール街のザ・シティですね、シティグループの重鎮だったということもあります。
 一つ制度的な違いを述べておくと、アメリカでは政府が任命する貿易アドバイザー制度というのがありまして、これは約六百人いますが、ほとんど、八割、九割が財界の方です。これは政府が自由に任命できる権利を持っています。この貿易アドバイザーというのは、TPPのテキストを、それぞれの専門分野に限ってということですが、いつでも閲覧することが可能です。ですので、これを知ったときに私も驚きましたけれども、一部の財界の人というのは公的にもテキストが見られる状態になっていますし、それから、見えないところででも回転ドア人事というものを使って、かなり日常的に細かい情報も含めて政府と通じているということは事実として指摘されています。
 最後に、関連して言うと、つい最近、アメリカのNGOの知的財産ウオッチという名前の団体があるんですが、ここが、アメリカの情報公開制度に基づいて、USTRの担当者とその貿易アドバイザーの間で交わしたメール通信記録というものを情報開示請求して、四百ページ以上にわたる資料が出てきたんですね。ほとんど重要なことは黒塗りだったんですけれども、それはネットにもアップされているので我々も見ることができますが、私なんかもそれを見て、大変親密に、言ってみれば元同僚の人同士が仲よく話すというような雰囲気を伴って、例えばこの間の交渉会合はこうだったねとか、政府の人たちもよくやってくれたねと企業の人が言ったり、この間のこの交渉で、例えば製薬会社の企業であれば、知財の分野、テキストはどうなったのというふうに聞いたら、政府の人は、あっ、じゃそれは今から直接会って話せるので日程調整しましょうとかというような感じのメールのやり取りがかなり頻繁に行われているというようなことも確認しております。

○参考人(金子勝君) 当初、TPPを議論するときに、アメリカもそうですけど、輸出が増えて雇用が増えると、日本も内閣府が試算をして、どのぐらい成長率を押し上げるかというような試算が行き交ったわけですね。結局、アジアの成長を取り込むというのが名目なので、RCEPが出てくるとこの理屈が成り立たなくなって、いわゆる経済効果に関する説明は著しく日米両国とも後退をしているように思います。
 先ほど、輸出が伸びている十選挙区で支持する議員がほとんどいないというアメリカの状況も言いましたけど、現実には、世界経済全体が低迷している中で、政治的な中国との主導権争いというものが色濃くこの問題に影を落としていることは事実なんではないかなという印象を持っています。
 その意味で、私が考えるに、もう少し経済的、あるいは我々の国の自主的な判断というものを尊重しながら、問題を個々に冷静に見ていく必要がないかと。つまり、政治的に、先ほど申し上げたように、アメリカに付くか中国に付くかみたいな問題にこの問題を解消せずに、賛成するにせよ、反対するにせよ、個々の交渉内容の条項がその国の経済や社会にどういう影響をもたらすかということを冷静に分析し判断する、それを賛成する人も弊害を防ぐために一生懸命努力するという状況が生まれることが望ましいというふうに、むしろ今の状況を良くないと思っているがゆえにそういう発言をしたわけです。
 二番目に、非常に問題としてねじれているのは、アメリカが相対的にイラク戦争以降地位を落としてしまっていますので、影響力が落ちているので、アジアが言わば今ターゲットになっているわけですね。それは、EUがまたAIIBに入ってくるという組んずほぐれつの状況になってきている複雑な状況の中で、日本自身の置かれた国際競争上の競争力の低下というものを直視した方がいいというのが二番目の問題です、経済を考えるときに。
 とりわけてアメリカが強い情報、金融、バイオテクノロジー、医療、医薬品、医療機械、その他の保険を含んだ金融も全部入れて、アメリカが望んでいる分野は、やはり制度やルールを囲い込むと極めて独占的な利益が生じやすい分野だと。それから、スパコンの発達とICTを使った先端の技術が進行している分野であると。そこでは、やっぱり制度やルールを握るということが戦略的に重要になっていると。その分野を我々が諦めてしまって、古い旧来型の分野で何とか有利にいこうとすればするほど、アメリカの中ではそういう分野で衝突する分野がTPPに反対に回るという構図になっちゃっているんですね。
 実は、ねじれているんですけど、二重に、日本はもう少し先端的な分野でどういうポジションを取ってどういうふうに戦略的に行動すべきかということについて、実は非常に弱いんではないか。経済界も、政界、官界も含めてそういう戦略性が弱いために、日本は例えばIT、ICT分野、スパコン分野、こういう分野で決定的な後れを取って、携帯音楽プレーヤーから始まり、半導体、液晶パネル、あらゆる領域で非常に競争力を衰退させてきたと。真剣にその分野でどういう戦略を立てて反攻していくという戦略を立てていくことが重要なことなんじゃないかと。
 もっと言うと、電力システム改革も含めて国内の改革はむしろそういうところに求められているので、そこをネグって、新しいインフラとしてのスマートグリッドであるとか、建物の構造のスマート化とか、そういう全体のスマートシティー化とか、そういうものの中に耐久消費財も位置付けられていくわけですよね。ところが、グーグルはもう自動車端末に考えているのに、幾らトヨタがいい車造っても、そういうシステムができたら、ちょうどアップルにソニーのウオークマンが負けてしまうようなプロセスが起きるわけですよね。そういう何か先を読んだ制度やルールのせめぎ合いということを本来は考えるべきだろうと。つまり、二重の問題がある、政治化しちゃっていることが問題だと。
 本当に考えなきゃいけないのは、日本側が考えなきゃいけないのは、そういうことに夢中になることではなくて、日本がこの間衰退してきた産業をどういうふうに復活させていくかというところの中にしっかり戦略を持っているかというと、持っていない中で、TPPにずるずる巻き込まれていくと、本当の意味で競争力を育てることにはならず、旧来型の日本の産業が一部利益を得るだけで、日本全体は競争力を衰退させ、そして、実はそれはアメリカとの摩擦を決してなくさない、アメリカの中でもTPPの反対みたいなものを引き起こしていくという、何か非常に悪循環の構造にはまっているんではないかということを非常に憂えています。これは私の考えですけど。

○紙智子君 ありがとうございました。

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○「国際平和と持続可能な国際経済の実現に向けた我が国外交の役割」のうち、我が国の経済連携への取組の現状と課題について


○参考人(内田聖子君) よろしくお願いいたします。アジア太平洋資料センターの内田聖子といいます。本日はこのような機会をいただきまして誠にありがとうございます。
 私ども、アジア太平洋資料センターという団体は、NGO、NPOでして、主に九〇年代半ば以降のWTOそれから多国間の投資協定など、グローバル化と言われる自由貿易投資協定の流れが進んできているわけですが、この中で企業の活動というのは国境を越えて拡大をしてきたわけです。しかし、一方で、その裏側で起こってきた貧困や格差の問題、環境破壊や人権侵害など、そうした様々な課題を国内外に発信をしてまいりました。二〇一〇年以降はTPPの問題が出てきましたので私たちもTPPに取り組んでまいりましたけれども、私自身は、日本のNGOとして、また海外の市民社会とのネットワークということを基盤に、基本的にはTPPに反対をするという立場から交渉をウオッチしてまいりました。海外の市民社会というのは非常に幅広くて、労働組合や市民団体、それから医療関係者、環境団体、消費者団体など実に多岐にわたります。
 二〇一三年に日本が交渉に入りましたが、その直前から、私自身、交渉の会合の現場に合計三回参りまして、日本が参加した二〇一三年七月にもマレーシアのコタキナバルというところにも行きまして、当時はステークホルダーという登録をすれば一日だけ交渉官のブリーフィングを受けて質問ができる、全ての国の交渉官にですね、という機会もありましたので、そうした活動も行ってきました。
 御存じのとおり、日本国内では今も粘り強い反対や、それから懸念の声というのが続いています。私自身そうした場でお話しする機会もありますので、今日はNGOの立場、それから全国各地でやはり今も心配されている方々の声を代弁するという立場でお話ししたいと思います。
 レジュメと、それからパワーポイントを刷っていただきました。それから、参考資料というのも六点付けさせていただきました。全てはお話しできないと思いますが、始めます。
 まず、なぜTPP交渉がこんなに長々と交渉しているにもかかわらず妥結をしないのか、これは皆さんも疑問ではないかと思います。一言で言ってしまえば、私は、これはアメリカがTPPに入った二〇一〇年以降、早期妥結を目指してきましたが、幾つかの点での失敗、これに起因するものだと思います。
 既に御指摘のように、TPPは非常に幅広い分野で、基本的に関税撤廃、それから非関税分野、これは制度や法律、ルールのところですね、これをグローバル化していくというものですけれども、各国の利害というものは非常に複雑です。日本にももちろん守るべきものがありというように、各国それぞれある。
 これが、参加国全てが対等、平等な中で議論していればまだ駆け引きで最終的に妥結ということもあり得るのでしょうが、やはりずっと交渉を見てきた経験としては、アメリカが一貫して大企業に優先するようなルール、これを交渉の中で主張しているという実態が見えてきています。ですので、こうしたアメリカの主張と、例えばマレーシアのように医薬品のジェネリック薬、安い薬品を国内の国民に提供したいとする政府との間での亀裂は相当深刻で、永遠にまとまらないという構造になっているわけです。それから、TPAの問題というのもありますが。ですので、妥結をしない大きな理由というのはアメリカの失敗。
 それから、やはり日本も遅れて入るという非常に不利益を抱え、矛盾を抱えたまま入ったわけですね。元々関税ゼロにすると決まっている交渉の中に、聖域は守ると国内的には決議をして入る、これは交渉の中では通用しない。つまり、徹底してゼロにしろという圧力が掛かっていますので、こうした矛盾が今私たちの目の前に露呈しているというふうに思っています。
 それから、後半に述べますけれども、各国の議会や市民社会からの意見を見ていますと、もはやTPP交渉というのは、単に経済的な指標でどの産業がどれだけ利益を得るか、GDPがどう上がるかというような議論はもちろんありますが、それを超えて、命や健康、国民の主権、それから民主主義というものの価値の問題として議論されているという実態であると思います。ちょっと、これはまた後で述べます。
 二点目ですけれども、今日資料をお付けしましたが、私は交渉を見ていく中で一番驚いたのは、アメリカの企業、これが交渉会合に常に常にたくさん来ていて、自国の政府はもちろんですが、他国の交渉官にも非常に強いプレッシャーを与えているという実態でした。
 参考資料で、TPPのための米国企業連合一覧というものを付けました。非常に幅広い分野での企業の名前、よく知っている企業がずらずらと並んでいます。こうした企業は、日本が入る前からもう日本は入るということは織り込み済みで、日本が入った後には、日本の農業、輸出産業はもちろんですが、保険や金融という業界、それから運輸等々、やはり日本を大きなマーケットとして進出をするということをもう準備をしてきているという実態は、いろいろなデータからも明らかです。
 ちょっと飛ばしていきますけれども、ですからこういう実態を見て、私自身、日本は守るものばかり強調して入ったという印象がやはりあるんですね。一体何を攻める分野として入ったのかということが、交渉が長引くにつれて非常に疑問として強くなってきています。
 それから、秘密交渉のお話も後でいたします。
 次に、レジュメの二点目ですけれども、懸念事項、これは様々な分野があることは御承知だと思いますし、金子先生の方で農業ですとか医療保険ということは御指摘あると思いますので、私は一点、雇用のことを御指摘したいと思うんですね。
 これ、日本の中では、TPPがもたらすメリット、デメリットという中で、雇用の問題というのはほとんど議論されていないんですね。
 ところが、今アメリカでは、大きな労働組合なども挙げて、TPPが妥結すればアメリカからたくさんの雇用が失われるという激しい反対の声というのが巻き起こっています。これは全く根拠がない不安ではなくて、NAFTAという、アメリカ、カナダ、メキシコが結んだ、一九九四年ですけれども、自由貿易協定の結果、直接、間接的な影響も含めて四百万人から五百万人のアメリカ国内の雇用が失われたというデータも出ています。これは、アメリカの大企業が海外に進出をしたことが一つ、それからメキシコなどからやはり移住労働者がアメリカ国内に入ってきたということで雇用が失われた。この経験をアメリカの人たちは非常に鮮明に覚えていて、TPPは新しいNAFTAだというふうにも評されていまして、ですから、もう二度と政府の自由貿易で雇用が増えるという宣伝文句にはだまされないぞという形で反対運動が巻き起こっているわけですね。
 ですから、日本に置き換えてみるとどうなのかという話です。政府は、中小企業も含めて、TPPによって海外進出というのを非常に積極的に推進しようとしています。大企業ももちろん、海外に工場を移転したり、更に投資を進めて外に出ていくという流れが確かにTPPでできるのだろうと思います。
 では、雇用という面ではどうなんでしょうか。私は、特に地方への打撃というのは大きいと思います。農業をやっている方々の雇用ももちろん喪失してしまうでしょうし、サービス業や製造業というものでも雇用が減ってしまうんじゃないかというふうに思います。そう言うと、政府の見解としては、いや、海外の企業が日本にたくさん投資をして進出をするので働き場は増えるというふうにおっしゃるんですが、それはごく限られた大都市の話であって、例えば農山村地域、それから中規模以下の都市に海外からの進出企業がどんどんやってきて雇用を生み出すでしょうかというような疑念があります。
 問題は、アメリカでは今、自由貿易によって雇用が奪われた場合どうするかという救済措置に関しての議論をまさにTPAの中でやっているんですね。つまり、これは言い換えれば、アメリカ政府自身が、自由貿易の結果、ある程度雇用が奪われるだろうということを認めているに等しいわけですね。TAAと言われる救済措置ですが、例えば失業した人へのトレーニングですとか一定期間の医療保険の給付ですとか、そうしたものについて議論されています。
 翻って、日本ではどうかという話なんですね。私は、やはりいろんな意味でマイナスというのは非常に大きい、ですから反対しているわけなんですが、ただ、そこを現実として認めて、アメリカでさえと言うと変ですけれども、やはりこういう形でケアしていくという議論をしているわけですので、政府それから国会議員の皆さんの中でも、どうした措置をとるのかという現実に沿った議論を是非していただきたいというふうに思っています。
 それから、レジュメの三点目ですが、日本にとってメリットは一体この段階で何だろうかという疑問です。
 交渉が進展するにつれてビジネスの環境も変わってきていますし、交渉の中で、当初予定していた利益というものの形や量も変わってきているんじゃないかというふうに思います。二〇一三年三月の時点で、政府はGDPがこれぐらい伸びるという試算を出していますが、これは大変に大ざっぱなもので、どの産業でどのぐらいの見込みなのかということもはっきりしていませんし、特に今日挙げました自動車の原産地規則問題ということなど、これはちょっと詳しく申し上げられませんけれども、資料を付けておきました。
 要するに、TPPの参加国の中で部品や労働力を調達する、これが原産地ルールですけれども、この基準を、NAFTAで導入された並みの六五%とか七〇%、それ以上でないといけないという提案をアメリカはしているようで、もしこれが適用されれば、中国やタイなどTPP以外の国から部品調達や製造を受注しているような国の日本の自動車は日本産ということにはならない、つまり関税撤廃、削減の対象にならないというような話までごく最近出てきているわけですね。元々、自動車というのは日本にとって攻めの分野であったはずなんですが、これは一体どういうふうになっているのかということが挙げられます。
 それから、今アメリカの議会で議論になっていますけれども、為替操作ですね。これは、日本のこれまでの円安誘導政策、金利政策なども含めてやり玉に上げられています。これは、日本が入る前からアメリカの自動車産業ではもう徹底して、不当に貿易をゆがめている措置だということで攻撃されてきたわけですね。これがもしTPAの中で今後の議論で入って、強い拘束力や罰則規定を伴って可決されて、そしてTPPが妥結されてしまえば、これ日本の今後の為替政策、金利政策というものにかなりの縛りが掛けられる、ないしは、もしやってしまった場合、元に戻したり、あるいは罰則ということにもなりかねないわけですね。
 このように、交渉が長くなるに伴って、そもそも日本が何をメリットとしてきたかというところは非常に危うくなってきているというのが私の見方です。もちろん日本の企業が海外に進出をして利潤を上げていくということは私も否定はいたしませんけれども、幾つかの企業が利潤を上げるということは、すなわち国益なんだろうかという問いが直ちに立つわけですね。
 ですから、例えばコストベネフィットの問題でいけば、マレーシアはこの七月に改めて、自分の国の国益、マイナスとプラスというものを測る調査を今厳密にしていまして、この結果を待って改めてその交渉に反映させるというふうに言っていますし、ごく最近、カナダでも元外務省のチーフエコノミストの方が、TPPで関税撤廃をしていった場合、中長期的な経済メリットについて、果たして本当にカナダにとってこれはメリットなのかというような発表もいたしまして、大変議論を呼んでいるところなんですね。
 ですから、日本にとって何がいいのかということを改めてこの機会に見直していくべきではないかと思います。
 そして、四点目の秘密交渉のことですね。
 これは私、この間、一貫していろいろと調べて国会議員の方々にも申し上げてきましたが、元々TPPほどの秘密交渉を強いた貿易協定というのは過去に例がありません。先ほど、政府は頑張って説明しているというふうにおっしゃっていたのですが、たしかこの調査会でと思いますが、共産党の紙智子議員が外務省の齋木尚子経済局長に御質問されていますね。このような秘密保持契約があるような交渉が過去にあったのかと問われた際に、齋木経済局長は、TPP以外に例はないと答えています。
 ですから、ずっと貿易交渉を見てきた我々からしても、少なくともWTOの頃はいろんなステークホルダー、農業団体や市民団体、労働組合を含めて、政府の交渉担当官の方と顔を見て、突き合わせて、今交渉はこうなっている、テキストはこうだ、相手国はこういうふうに主張しているというようなことを話す場がありました。場合によっては交渉会合に我々も行って、今交渉してきたという担当者の方にすぐブリーフィングを直接受けて、ある種作戦を練るというような場面もありました。そうした経験からすれば、TPPの秘密交渉というのは大変異常な状態なんですね。このことはまず強く指摘したいと思います。
 かつ、この秘密主義自体は、やはりWTOがなかなかまとまらないという、推進している人にとっての失敗、この経験を受けて、次にやるときには絶対に見せない、秘密にしてみんながいろんな意見を言わない間にまとめてしまおうという、主にアメリカなどの意図が反映されているものだと私自身は思っています。
 ですから、私は、日本が交渉に参加する際に、この秘密主義は廃止するということを条件に入ればよかったとつくづく思います。そうすれば、今政府の方も苦労されているということは存じ上げていますが、周辺の説明だけして肝腎な中身は言わない、ですから何回説明やブリーフィングの場を持っても一向に核心に迫った情報が得られないという非常に非民主的な在り方というのが払拭できたのではないかというふうに思っています。
 それから最後に、五点目、これは、国際社会の中で今TPPのような貿易協定がどのような位置付けをされているか、どういう批判をされているかということをちょっと御紹介したいと思います。
 つい最近ですけれども、国連の人権高等弁務官事務所が、貿易が、これは自由貿易という意味ですが、人権侵害を引き起こす危険性があるという声明を出しました。ちょっと英語のままで恐縮ですが、原文も付けておきました。
 これは、国際社会の中では極めて重要な、そして、これまでにこうした指摘というのは幾つかありましたが、具体的にTPPやTTIP、アメリカとEUの交渉、それからTiSAといって、新サービス貿易協定といって、日本も入っているサービス貿易の自由化協定ですね、この三つを具体的に挙げて、こうした貿易協定が行き過ぎてしまえば、これは途上国、先進国を問わず、人々の生きるための最低限のニーズ、人権ですね、に悪影響を及ぼす危険があるという指摘をしています。最低限のニーズというのは、例えば水であったり、それから医療、それから教育を受けるという権利等々、国際社会が長い間築き上げてきた社会的な指標なんですね、という指摘があります。
 それからもう一つは、世界医師会による、同じような趣旨なんですが、やはり貿易協定が人々の健康や医薬品へのアクセス、これを阻害する危険性があるという声明も、これは四月に出されています。これは各国の政府に対する要請ということで、日本政府にも届いているはずですし、日本では日本医師会が提起してプレスリリースなんかもされています。
 ですから、もはやTPP交渉というのは、単なる貿易の話という域を超えて、ともすれば人々の健康や民主主義、知る権利というものを脅かしかねないというのが国際社会の世論として上がっています。
 一つ紹介すると、ヨーロッパでは今、TTIPというアメリカとEUの貿易協定に対して非常に大きな議論が巻き起こっていますし、反対の声も非常に強いです。これもやはり反対の趣旨はTPPに反対している方々と同じなんですけれども、例えばイギリスなどでは、国家が運営している医療保険制度、これが民営化されてしまうんじゃないかというような懸念も非常に強いですし、アメリカの中でさえ、郵便事業がフェデックスとかUPSというようなアメリカの大手民間の運輸会社に取って代わられるんじゃないか、そうすれば困るじゃないかというような声さえ上がってきているという状態なんですね。
 そろそろ最後にいたします。ISDのことは金子先生も述べられると思いますので。
 今私が最大懸念しているのは、TPPが漂流するかもしれないと言われている状況の中ですけれども、仮に漂流をした場合、その後の日本の貿易、それから経済協力体制についてはかなりの打撃になると思いますし、いろいろな面で考え直さざるを得ないという状況があると思います。
 既に中小企業などで、TPPを見越して海外進出しようとか、それから高付加価値の農産物を作って売ろうという事業変更しているようなところもあると聞いています。そうした方々への打撃というか、ケアの措置も含めて、一体どうするつもりなのかということは非常に大きな問いとして問わざるを得ませんし、ごく最近、昨日ですかね、アメリカのケリー国務長官とカーター国防長官が、TPPはアジアの安全保障の問題であると、つまり、中国を抑え込んでアメリカ自身がイニシアチブを取るためにも絶対に妥結しなきゃいけないというようなことまでおっしゃって、記事を書いているんですね。つまり、アメリカ自身がもうTPPは貿易問題じゃないとまでも言っている。これは中国への牽制であると同時に、日本に対しても、日本は必ずアメリカに付いてきなさいよというふうにくぎを刺しているように私は思えるんですね。つまり、端的に言えば、日本はこうしたアメリカが作るようなルールにどこまでお付き合いをしなければいけないのかという非常に深い問いも問われているんだと思います。
 ですので、国会議員の皆さんには、TPPだけではなくて、それが漂流した後のことも見越した日本があるべきアジア太平洋地域での貿易、経済協力の在り方、それから本当の意味で豊かな、国民が安心して暮らせるような社会、それから法律、制度というものを是非積極的に御議論いただきたいと思います。私たちも市民社会として御協力、そして参加もしていきたいと思います。
 済みません、長くなりまして。終わります。