質問第八一号

アイヌ民族の生活を守り権利を確立する施策の推進に関する質問主意書

右の質問主意書を国会法第七十四条によって提出する。

  平成二十年十月三十一日


紙   智  子   


       参議院議長 江 田 五 月 殿

<アイヌ民族の生活を守り権利を確立する施策の推進に関する質問主意書>


 国連総会で二〇〇七年九月に採択された「先住民族の権利に関する国際連合宣言」(以下「権利宣言」という。)をふまえ、先の第百六十九回通常国会で衆参両院は「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を全会一致で採択した。これを受け、これまでアイヌを先住民族と認めてこなかった政府も「先住民族であるとの認識」(町村官房長官談話)を表明するとともに、「アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会」(以下「有識者懇談会」という。)を内閣官房に設置し、一年を目途に結論を出す方向で調査検討を開始している。
 北海道におけるアイヌ民族の生活実態は、他の道民と比べ、進学率、所得、年金などいずれも低い水準にとどまり、今なおかなりの格差が放置されており、全国的な状況については把握すらされていない。
 「権利宣言」は、先住民族の社会的、経済的、文化的権利をはじめ、集団的、個人的人権を保護、尊重することを国家・国際社会に求めており、わが国でもこうした国際的水準の先住民族政策を全国的なアイヌ政策に反映させることが求められる。そこで以下、質問する。

一 「権利宣言」の全面的実効についての政府の認識について

 第一回有識者懇談会議事概要によると、官房長官は「国連宣言における関連条項を参照しながら、今後、新しい総合的なアイヌ政策の確立に取り組んで参りたい」と述べている。わが国も「権利宣言」には賛成票を投じたものであり、政府の基本的姿勢として、四十六か条でふれられた諸権利の全面的実効にむけて責任をもつべきと考えるが、政府の認識を示されたい。

二 有識者懇談会による北海道視察での意見交換で出された要望について

 第三回有識者懇談会が今月行った北海道視察における札幌市、白老町、平取町でのアイヌ民族との意見交換の際、どのような要望が出されたか具体的に説明されたい。

三 アイヌの子どもたちの教育・訓練の充実及びアイヌ語教育の推進について

 アイヌ民族の進学率は、二〇〇六年の北海道統計で大学進学率が十七・四パーセントと道民平均三十八・五パーセントの半分以下、高校進学率でも道民平均と五パーセントの開きがあるなど依然としてかなりの格差が残されている。子どもたちの進学状況がその後の生活全般に重大な影響を与えることは、有識者懇談会でも「差別が貧困を生み、貧困が差別を生む、いつまでも解決の糸口にたどり着かない悪循環」と指摘されている。子どもたちの発達権保障に格差があってはならず、今こそ悪循環を断ち切り、「差別に対する完全な保護と保障」をうたった権利宣言第二十二条第二項を反映した施策が求められる。
1 子どもの貧困と差別をなくすため、小中学生及び高校・大学生の就学費・奨学費への助成や給付制奨学金制度の確立が必要と考えるが、政府の認識を示されたい。
2 「権利宣言」第二十二条第二項にもとづき、政府はどのような施策を展開しようとしているのか。二〇〇九年度、二〇一〇年度の具体的施策を明らかにされたい。
3 言語と文化は民族的共感の根源となるものであり、とりわけ言語を守ることはその発展を促し、その言語を使用する人々の数を増大させる基本である。現地視察後の座長発言でも言語教育の重要性を強調しており、北海道内で開かれている「アイヌ語教室」への支援や、首都圏などにおけるアイヌ語教育の充実をはかるべきではないか。
4 国公立大学法人にアイヌ語を必修科目として履修する課程を設けるべきではないか。また高等教育機関にこうした課程を設けることの重要性について政府の認識を示されたい。

四 アイヌの古老(エカシ・フチ)に対する特別手当について

 アイヌの古老であるエカシ(男性)・フチ(女性)には、無年金者や著しく年金額が低いという方が少なくない。また、長年における生活圧迫・破壊と差別によって、高齢期の生活困難・苦渋が累積している。一方、アイヌ古老の生活と活動それ自体がアイヌ民族にとって歴史の語り部、文化伝承者として重要な意味をもっていることを正当に注目すべきである。「権利宣言」第二十条は「生存及び発展の手段を奪われた先住民族の救済」をうたい、第二十一条第二項は「高齢者‥‥の権利及び特別な必要性に格別の注意」を求めている。古老の存命それ自体がかけがえのない文化的民族的意義をもっている点にも十分に着目して、「権利宣言」をふまえた生活支援策としての特別手当制度の早急な創設を検討すべきではないか。

五 サケ・シシャモなど漁獲権の確立について

 アイヌ民族にとって、サケ・シシャモなどの採捕、シカなどの捕獲は、生存の糧というにとどまらず、民族性保持にとっても欠かせない意味をもっていた。しかしながら今でもサケの試験採捕は、アシリチェップノミ(新しいサケを迎える儀式)の時のみに限られている。「権利宣言」第十一条でも「先住民族は、その文化的な伝統及び慣習を実践し、かつ再活性化させる権利を有する」、同第二項は「国は‥‥効果的な仕組みによる救済を与えなければならない」としている。
 カナダやアメリカなどでは、先住民族に対して河川において伝統的な漁法によるサケ等の捕獲を認めていると聞く。
1 諸外国で先住民族の伝統的な漁法によるサケ等の捕獲を認めている国の国名、捕獲を認められている先住民族名、その捕獲数量について明らかにされたい。
2 アイヌの民族性を確立する上でサケ等の捕獲は非常に重要であり、儀式等での捕獲を北海道全域で行えるようにするため、漁獲権の確立について検討すべきではないか。また、現在行われているアシリチェップノミでの各地域の漁獲内容にはばらつきがあることから、漁獲内容の公開と公平性の原則を確立するよう検討すべきではないか。

六 国有林及び国有地の利活用について

 「権利宣言」第十一条及び同第二項は、アイヌ民族固有の造形である木彫や民族衣装、装飾品や民具など林産物利活用にも関連する条項である。
1 @アイヌ民族の文化伝承を目的とする国有林への入林許可、A@を除くアイヌ民族の文化伝承を目的とする国有地への入場許可、B伝統的織物の材料及び伝統家屋の複製の材料の買受、採取について、それぞれの実績を示されたい。
2 アイヌの民族衣装、伝統文化を継承する取り組みの広がりのため、かつては山野で自由に採取していた草木などの原材料もいまでは入手が困難になっている。原木等の払い下げを待っていたのでは、時宜を失することも多くなることから、文化継承を促進するためにも、その植物の適した時期に採取できるように、国有林や公有林など山林等から原材料を入手する権利の確立を検討すべきではないか。また衣服の材料として貴重なオヒョウが減少していることから、アイヌの意見を聴きながら保全策をとるとともに国有林、公有林等への植林をすすめるべきではないか。
3 有識者懇談会座長は北海道視察後、「伝統儀式などに国有林を有効活用することを求めたアイヌ民族側の要望について、短期的に解決できるとの見解を示した」と報じられている。この件について、関係機関は短期的解決にむけてアイヌ民族と協議すべきではないか。

七 アイヌモシリの地名表記の改善について

 北海道(アイヌモシリ)内のアイヌ語地名について、故萱野茂氏(元参議院議員)は四万五千から五万か所あると推定している。アイヌ語地名は土地の形状や性質にもとづく意味をあらわす名称だが、明治以降開拓使によって漢字をあてられたことでアイヌ語由来の地名であることもその意味もわからなくされている。
 北海道旭川市では関係者の要望を受けて、河川名や地名の看板では、アイヌ語地名を先に、次に日本語地名を記す方法で平等に併記し、さらにアイヌ語の正確な発音がわかるようローマ字表記とアイヌ語の意味も付すなどの取り組みをすすめている。こうした平等な地名表記は北海道がそもそもアイヌ民族の地であることを明瞭に示すとともに、地名の意味するところを示す有効な方法ともなる。それにとどまらず、「単一民族」でない多様性ある日本の姿を示すことになろう。
1 北海道開発局のアイヌ語表記のある河川表示(河川名標識、案内標識など)は、日本語を大きく書きアイヌ語を下に小さく書くものと承知しているが、アイヌ語を表記した看板数、設置されている河川名、市町村名を標識の種類別に示されたい。またアイヌ語表記のある看板は、北海道開発局の河川関係の看板総数のうちどれくらいの割合か。
2 北海道開発局及び各開発建設部はアイヌ民族や関係者から平等表記を求める要請を受けたことがあるか。今後、河川・道路・地名などの看板を付け替える際には、旭川市の先進的事例を参考にした看板表記を導入すべきではないか。

八 アイヌ民族の生活と権利を保障する「アイヌ新法」制定について

 第二回有識者懇談会において、北海道ウタリ協会理事長がアイヌ民族についての新たな立法措置の必要性に言及したと報じられている。アイヌ民族への迫害の歴史的事実、長年にわたる差別の歴史に照らしても、アイヌ民族の生活の安定・向上、民族的文化の保護、教育向上などの諸権利を安定的に保障していくためには、単なる予算措置にとどまるのではなく、明治以来の日本政府の強制同化政策が誤りであったことを謝罪の上、国の責任を明確にした「アイヌ新法」(仮称)の制定が不可欠ではないか。
 また全国的施策を行うため、アイヌ民族の全国実態調査をプライバシーに十分配慮して行うべきではないか。

九 アイヌ民族の政治参加の拡大について

 アイヌ民族としての政治参加の道を拡大するために、国と北海道及び関係市町村にアイヌ民族代表の参加する審議機関として、それぞれ「アイヌ民族の権利に関する中央審議会」(仮称)、「アイヌ民族の権利に関する地方審議会」(仮称)を設置することや、アイヌ民族の人口の多い市町村にアイヌ民族の公選による合議制の行政機関(農業委員会を参考にした「アイヌ民族委員会」(仮称))を設置することを検討すべきではないか。

  右質問する。


答弁書第八一号

内閣参質一七〇第八一号
  平成二十年十一月十一日

内閣総理大臣 麻 生 太 郎   


       参議院議長 江 田 五 月 殿

参議院議員紙智子君提出アイヌ民族の生活を守り権利を確立する施策の推進に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

<参議院議員紙智子君提出アイヌ民族の生活を守り権利を確立する施策の推進に関する質問に対する答弁書>


一、三、四、六の2及び3、八並びに九について

 政府としては、先住民族の権利に関する国際連合宣言における関連条項を参照しつつ、これまでのアイヌ政策を更に推進し、総合的な施策の確立に取り組むことが重要であると認識しており、今後、アイヌ政策のあり方に関する有識者懇談会(以下「懇談会」という。)において、アイヌの人々のお話も具体的に伺いつつ、アイヌ政策についての提言を取りまとめていただき、これも踏まえ、アイヌ政策を更に推進し、総合的な施策の確立に取り組んでまいりたいと考えている。

二について

 本年十月十三日から十五日にかけて実施された懇談会の北海道視察においては、札幌市、白老町及び平取町で、アイヌの人々から、教育、研究、文化、生活等に関する様々な要望が出された。

五の1について

 お尋ねについては把握していない。

五の2について

 北海道における伝統的な儀式等のためのさけ等の採捕については、漁業法(昭和二十四年法律第二百六十七号)第六十五条第二項及び水産資源保護法(昭和二十六年法律第三百十三号)第四条第二項に基づき北海道知事が定める北海道内水面漁業調整規則(昭和三十九年北海道規則第百三十三号)第二十七条第一項の規定に基づく同知事の許可を受けて行うことができる。
 また、御指摘の「漁獲内容の公開と公平性の原則」が何を指すのか明らかではないが、当該許可に係る漁獲量等の公開については、同知事の判断によるべきものと考える。

六の1について

 お尋ねのアイヌの人々の文化伝承を目的とする国有林野への入林の承認の実績については、昨年度は二件であり、国有林野を除く国有地への入場の承認等の実績については、昨年度は零件である。
 また、お尋ねの伝統的織物の材料及び伝統家屋の複製の材料として使用されたかどうかは明らかではないが、アイヌ民芸品作製用の国有林野の原木の払下げの実績は、昨年度は二件である。

七の1について

 国土交通省北海道開発局(以下「北海道開発局」という。)が設置している河川名標識であってアイヌ語による河川名称の由来等が表記されているものは、平成十九年度末現在で二十一基である。当該標識については、石狩川について、旭川市、当麻町、比布町及び愛別町内に、空知川について、富良野市内に、オサラッペ川について、鷹栖町内に、忠別川について、旭川市、東神楽町及び東川町内に、美瑛川について、旭川市内に、牛朱別川について、旭川市内に設置している。
 また、北海道開発局が設置している河川の美化、愛護及び案内等を目的とした標識(以下「案内等標識」という。)であってアイヌ語による河川名称の由来等が表記されているものは、平成十九年度末現在で十六基である。当該標識については、天塩川について、士別市、名寄市、美深町、音威子府村、中川町、天塩町及び幌延町内に、名寄川について、名寄市内に、留萌川について、留萌市内に設置している。
 現時点で北海道開発局において把握している限りでは、北海道開発局が設置している河川名標識は、平成十九年度末現在で千三百七十二基であり、そのうちアイヌ語による河川名称の由来等が表記されているものの割合は約一・五パーセントである。また、案内等標識のうち、アイヌ語による河川名称の由来等が表記されているものの割合については、案内等標識の総数を把握していないため、お答えすることは困難である。

七の2について

 現時点で北海道開発局において把握している限りでは、平成十年に「アイヌ語地名を大切に!」市民ネットワークから「アイヌ語地名と日本語地名の併記を求める要望書」の提出を受けている。
 七の1についてでお答えしたとおり、北海道開発局においては、既に標識の一部において、アイヌ語による地名の由来等の表記を行っているところであるが、今後とも、標識の更新の際には、標識設置の目的等を勘案しつつ、地元自治体等の意見も踏まえ、アイヌ語による地名の由来等の表記を検討してまいりたい。